風のような人といえば、宮沢賢治の『風の又三郎』
を思い出すが、私はある人を思い出す。
そのある人は今月14日に急逝した。
彼と知り合ってから5年が過ぎるが、細かいことを
ほとんど知らない。
年齢、出身地、仕事の経歴何も知らない。
知っていることと言えば、美術、絵画、芸術に対する
造詣が非常に深いこと。
彼とは岩田道夫没後作品の方向付けを考えるために知り合った。
が、しかし誰が紹介してくれたのだろう。
・・定かでない。
いつの間にか私たちの近くにいて、岩田道夫の持つ絵画の素晴らしさ、
芸術性の高さを知らせてくれた。
亡くなる2年前、旭川の会場で個展を開いたが、的確な意見を
述べてくれることに本当に助かった。
今から1年前、夏の暑い日東京に出たが、待ち合わせをして
会うなり芸術の話になる。
こういう人はそういるものではない。
それが長時間話していても疲れないのである。
彼は人の心を素早く読み取り、相手に過不足のない会話をする。
私は作曲をするので、さほど饒舌なわけではないが、そんな
私でも嫌な気持ちになったことは一度もない。
いつも風が吹くように爽やかなのである。
彼は肩書きを嫌ったが『風の美術評論家』とでもしておこう。
どうせ、またそんなことを言ってと、ニコニコしながら否定はしない
はず。
彼が岩田道夫のために残してくれた文が一つだけ残っている。
風のように去っていった彼のために、その文をアップして追悼としたい。
『岩田道夫にとっての「線」』
岩田道夫は多様な表現作品を手がけた、その中でも線描を主に
作画構成された作品に共通する顕著な美的特質には彼の感性・
美意識の高さと理知的な思考がバランスよく反映構成されている、
シンプルな一本の線(直線・曲線)に内在する表現密度と豊穣さに着目し
絵画言語として内なる思いやイメージを託し自在に自由に絵画世界を創出繰り広げた。
ためらいなく確固たる意思と抑制された緊張感で美的追求、構築を遂げました。
消しゴムアートでは彫る手法で生まれるおおらかで楽しい図像が現れます。
晩期に向き合った黒を基調に据え動勢と静的な直線の対比で心的飛翔
したかのような世界は彼方を見つめた境地が立ち現れ異質強靭な絵画空間が
結実した注目すべき作品です。岩田道夫が「線」を駆使し確立定着させ、
無機質で表情に欠けた線は見当たらない作品群…線の強靭さしなやかさ表情に
富むニュアンスを堪能しご覧になられる方々には楽しんで頂きたく思います。
廣瀬文俊(美術研究家)
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